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1 大勢の生徒――というよりは魔法使いや戦士と行った風貌の若人が行き交う大通り。 通りは整えられた背の高い木が左右に植えられ、高い塔へと一直線に伸びている。 途中には幾つか露天が並んでおり、生徒達はそこへと立ち寄って用途のよく分からないアイテムを購入し、袋へと詰めている。 会話をする者、思いつめた風に無言で歩く者、露天で粘り強く交渉を続ける者、その様子は様々であったが、皆一様に塔へと向かっていた。 塔。高い塔。 それは、遠くから見ればこそ塔であるが、近くへよるほど壁となり、てっぺんの見えない城壁と化す。あまりに大きく、高過ぎる為にそう見えるのである。 先ずその大きさが凄まじい。近くによるとまるで壁のようにしか見えず、壁伝いに真っ直ぐ南に下っていた筈が、いつのまにか一週しているという規模である。 それが天高くそびえている。雲の遥か上、人の目で見る事の出来ないところまで伸びている。 一説によれば頂上には神が居るとされるが、その真偽は知れない。誰も、そこへ辿り着いた者は居ないからだ。 塔は青嵐学院の教育の場にもなっており、生徒はこれを攻略する事で冒険者としての力を育てる。 生徒は全員、この塔へと挑戦しなければならない、が羽乃芽はこの日も、学院に居た。 「うあー、みつかんないよぉ」 横に長い机に突っ伏して泣きそうな声をあげる少女。 羽乃芽である。 「まぁ、気長に待ってはどうですか? そろそろ戦士科――エスタッテルブの方達も実技に入る頃ですし」 椅子に座った女性が言う。その腕に腕章が付けられており、掲示板管理部と書かれていた。 「そうそう。ほら、そこの椅子座って良いよ」 もう一人、女性の隣に座っていた少年が言った。 羽乃芽は言われるままに席について、再び机に突っ伏した。 「あのー、すみません」 羽乃芽の頭上から響く声。 脱力している羽乃芽はそれに反応しなかった。ここに座っているから掲示板管理部に間違えられてるだけで、別に自分に用事がある訳じゃないと判断したからだ。 「あ、その人は管理部の方じゃないですよ」 という助け舟があり、声の主は羽乃芽の元から去っていった。 羽乃芽には、実は何度もこういう経験がある。 彼女はここにこうして一ヶ月以上も座っているからである。 その間中、ずっと見付からない見付からないとぼやいている。 「へぇ、学科はトップクラス、運動能力も悪く無いね。これならすぐに見付かるよ」 「ホントですか! えっと、五階まで行ったら、その後パーティー抜けちゃうかも知れないんですけど」 突っ伏したままの羽乃芽の体が、ぴくりぴくりと揺れている。 その様子を面白そうに見ている管理部の女性。 「えぇ……? 戦士の資格が欲しいだけなんですか?」 「はい」 「能力的には十階くらいまで行けそうだし、五階で自主退学はお薦めしないけど……後、そういう条件なら、少し見付かるのが遅くなるかも……」 傍らでなされるその会話は、羽乃芽にとってとても気になるものだった。 彼女もまた、パーティーを組む仲間を探しているからだ。 すぐに見付かるとお墨付きの人物であれば、なおも気になる。 「んむぅ」 軽く唸りながら、羽乃芽は少しだけ顔を上げた。 眠たそうに目尻を下げていた羽乃芽が、その人物を見たと同時に目を見開いた。 「五月女さん?」 「あれ、羽乃っちー! 青嵐学院だったんだ? 遠くの学校行くからって聞いて、心配してたんだぞー」 言うのが先か、触るのが先か、五月女と呼ばれた少女が羽乃芽の頭をわっさわっさと撫で回す。机に挟まれて逃げ場の無い羽乃芽の髪がどんどんと乱れていく。 「ふあぁあ!? やめてよぉ。五月女さん」 素直にやめる五月女を前に、髪を整える羽乃芽。 自慢のセミロングだった。鏡を見てしっかり整えてきたのだ。こんなところで乱される訳にはいかない。 「そうとめ、そうとめって……昔みたいにりんって呼んで欲しいな」 幾分トーンダウンした声で凛が言う。 「だって、久し振りだったんだもん。それに、凛ちゃんだって、昔は羽乃芽って呼び捨てにしてたよ?」 「あっれー? そうだったかな? まぁ……羽乃っちって事で!」 「んむぅ」 風と共に空を舞う鳥達。 もう季節は夏で、寒い気候を好む鳥達が北上してきているのだった。 「わはははー! あたらねー!」 そんな鳥達に、生徒達が矢を射掛けている。 「こらー、他の人に当たったら危ないでしょー!」 それを止めに入る生徒。どこにでもこういう委員長タイプというのは居るものである。 それは置いといて……。 「エスタッテルブの方、集まってきてますね〜。三割くらいでしょうか。チャンスですね、羽乃芽さん」 凛と羽乃芽の会話に割って入る管理部の女性。 話に夢中になって羽乃芽は忘れていたが、パーティーを見つけなくてはならないのだった。 「で、でも、今居る人達は成績上位の人だし……」 学科と体力測定で上位の者ほど、早く実技に移る事が出来る。 今掲示板の前に集まってきているのは、エスタッテルブの成績上位者達だった。 しかし、これを逃せば羽乃芽に後は無い。 神官科――アルセルブを筆頭として、兵士科――フェルブ、魔法科――コジュエルブ、戦士科――エスタッテルブの順に実技に入るのが通常の流れであるからだ。 「羽乃っち、パーティー探してるの?」 「うん……まだ一人なの」 「そっかー。コジュエルブだとコジュエルブかエスタッテルブとしか組みづらいもんね〜」 大抵優秀な者同士で組みたがる為、入るのが困難とされるアルセルブやフェルブはそれ同士でパーティーを組む。 「私、服装は魔法士だけど、一応神官候補だよぉ……」 泣きそうなか細い声を出しながら、再び机に突っ伏した。 「ええ……? なんで魔法士の服なの?」 彼女はアルセルブの中で異端だった。 そもそも、青嵐学院に入学出来るかどうかさえ怪しいところだったというのに、最も最難関と言われるアルセルブに入ってしまったのである。 クオーツと呼ばれる魔法行使の媒体となる宝石も使いこなせず、運動能力だけでなんとか実技に漕ぎ付けた時には、もはやコジュエルブしかパーティー候補は居なかった。 どう見ても落ちこぼれ。そんな彼女では到底仲間など見つけられる筈も無い。 それを誤魔化す為に教師が取ってくれた方法というのが、魔法士の服の支給であった。 そこまで聞いて、凛が苦笑を浮かべながら口を開いた。 「クオーツ、使えないの?」 クオーツ。 使い手によって輝きを変える宝石で、魔法効果の増幅と発動をサポートする。宝石の種類によって強化される魔法も変わるが、学院が支給する物は能力者の力が分かりやすいように真っ黒な石のような色をしている。なんらかの力が発揮されれば、これが輝くのだ。 普通は何もしていなくとも所持者に呼応して仄かに輝くのだが、羽乃芽のそれは……。 「光って、無いね」 申し訳無さそうに呟く凛だった。 昔を懐かしむ話を終え、二人は明日も会おうと約束をした。 二人とも、学園の寮に入って確かに友達は出来たが、昔からの知り合いは全く居なかったのである。どうしても埋められない寂しさがある。 生徒数が多い事もあるが、学園は一つの街や国のようになっている為、出会わない時はとことん出会わない。こうして約束でもしなければ下手すると行事の時しか会わないという事だってありえるのだ。 「さ、私もパーティーさがそっかな〜」 話が一段落つき、羽乃芽へと手を振って、凛は掲示板へと駆けて行った。 掲示板にはまだあぶれたフェルブやコジュエルブも残っている。そういう人達と組む事が出来れば、塔の攻略も幾分か楽になる。彼女はそれを探しに行ったのだろう。 その後ろ姿を眺めながら、掲示板の管理をしている女性が口を開いた。 「良いんですか?」 羽乃芽への問い。 考えるまでもなく、その問いが何を意味しているか、羽乃芽には分かった。 「うん……だって、迷惑かけられないもん」 「僕は、友達と仲良くやっていく方を選ぶけどなぁ。一回パーティ組んだら、何か事情が無い限りは変えたりしないからさ。あれは、そう、一年の秋頃だったかなぁ。コジュエルブの人がパーティーに居たんだけど」 「はいはい。昔話はそこまで」 管理部の女性が少年の顎を抑えて強制的に黙らせた。 「迷惑かけたくない気持ちは分かります。でも、大事なのは羽乃芽さんの気持ちですよ。凛さんとパーティーを組みたくないんですか?」 大きく首を横に振った。そんな事は無い。 「でも、迷惑かけちゃうから……」 「迷惑なんかじゃ、ないよ」 すぐ目の前に彼女が居た。 「この人とパーティーを組みたいんですけど」 言って、差し出した紙には、羽乃芽の名前が書いてあった。 「はい、すぐに連絡します、っていうのが通例なんですけど」 そう言って女性はにこっと笑って、羽乃芽の方を向いた。 凛も同じように羽乃芽の方を向く。 「良いかな?」 「え……だって、め、迷惑かけちゃうよ」 涙が溢れていた。 迷惑をかけてしまうという事や、嬉しさ、そういった物が綯い交ぜになって、ただただ涙が溢れてくる。 「良いよ」 「だって、私、何も出来ないから、凛ちゃんの足引っ張るだけだから」 泣きじゃくりながら言う羽乃芽の頭を凛は撫でた。 今度は優しく、髪を梳くようにしながら撫でた。 「それでも……良かったら、凛ちゃんと、行きたい……」 「うん……驚かせてごめんね。泣かせちゃったね」 いつの間にか喧騒は収まって、二人の様子に周囲の視線が寄せられていた。 |